じょじょ日記

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Youtubeについて。その意味、本質とは?

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自己表現を阻害するものとは?

自己表現をするにあたって、それを阻害するものは、本人のそれに対する愛情の薄っぺらさである。

先日ある有名ビジネス系Youtuberが自身のYoutubeに関する悩みを動画にしてアップしているのを見て、思ったことがある。彼は、自身のYoutubeの活動において、評価、コメントによるメンタルへの打撃が小さくないことを悩んでいるようであった。

Youtubeというプラットフォームは、ご存じの通りGoogleという会社が運営しているのだが、その運営のクリエーターに対するサービスとして、AIを使ってクリエータがアップした動画の評価をフィードバックしてくれるらしい。そのフィードバック方法が、数値を利用して可視化されており、特に数値に強い耐性を持っていない人物なら、学校の生徒時代の「通信簿」「通知簿」を連想させるようで、たまらないらしい。

彼曰く、クリエータがあげる動画がどれもこれも似たようなものになるのは、GoogleのAIが陳腐で、「提案」がどれもこれも紋切り型なのに加えて、クリエータと呼ばれる人たちが所詮クリエート能力などない「ヘタレ」なので、とりあえずGoogleのポンコツAIの勧めるがまま動画を作っておけば、「安心」が得られるからだと言っていた。(実際はそこまで言ってない。かなり私の脚色が含まれているので注意(笑)。)

さらに、彼は動画に寄せられる視聴者からのコメントにも「やられている」と言う。例えば「こいつ、オワコンだ」とか「そろそろネタ切れだな」とかいう教養もくそもない小便コメントに、チクチクやられて「結構しんどい」思いをしたらしい。

「アホ」や「バカ」というような、あるいはそれ以上の「誹謗中傷」ならまだしも、「オワコン」「ネタ切れ」という程度の小僧コメントに傷つくというのである。(※誹謗中傷に関する記事はこちら

私から言わせれば、そんなヨワヨワならYoutubeなんかやらなきゃいいのにと思うが、一方で私も、もう今ではかなりサビ付いてしまったとはいえ、子供のように「繊細」な部分も持ち合わせてはいるので全くわからないということもない。誰だって、自分が本当に気にしていることを言われれば、「バカ」「アホ」という聞きなれた誹謗中傷以上に気になるものである。

実際のところ、その彼は、Youtubeの収益自体が彼の収入のすべてではなく、Youtubeなどやめても十分に食っていける収入があるので、そのような「打撃」も致命傷にならずやっていけているとは言っていた。

しかし私はもしそれが本当なら、「それでもYoutubeを辞めない理由は何か?」「そんなネガティブなネタしかないのか?」「そんなしょうもない内容が、視聴者に望まれている動画と思うのか?」という質問を投げかけたいと思った。

ところが、もし本当にそんな地獄の質問を彼に投げかければ、おそらく一言もまともに答えられないことは容易に想像できるほど、彼の「ヘタレ」度は鮮明に動画に映りこんでいたのである。

結局のところ、彼は「なぜ自分はYoutubeで活動をしているのか」という「意味」が自分で分かっていないので、外部環境の圧力を押し返す力が生み出せないのである。

自己表現に欠かせないものとは?

従って、自己表現にとって欠かせないものとは、その自己表現するものに対する深い「愛情」である。それを(表現)することの意味の深さである。

一体、彼がどこまで「計算」してこの動画をアップしたのかは知らないが、私の予想では、この「ヘタレ」動画は、おそらく結構視聴回数も伸び、高評価も付くのではないかと思う。単純にとても面白い動画だと思った。

そして何を隠そう、この私も、そろそろYoutuberデビューしようと考えているので、実際のところ大いに参考になったのである。つまり図らずも彼の動画は、これからYoutubeを始めようという人間にとって、とても重要な示唆を与えることに成功しているのである。

Youtuberになるためには(Youtuberに限らないかもしれないが)、やはり人目を気にしてはいけないということだ。いいかえれば人目が気にならない「何か」が、自分の中に必要と言うことだ。

Googleの陳腐な評価も、中学生レベルの何のインテリジェンスもない落書きも気にならないほどの、「人生の意味」を自分で構築できていない人間は、何かを「表現」するに値せず、当然それを仕事にすることもできないので、所詮人に使われる形で働くしかないのである。

人は「他人のために生きている」のではない。結果として「他人のためになる」のは「自分のためになっているからこそ」である。自分の役に立たないことが、他人の役に立つわけはないし、他人の役には立つが、自分の役には立たないことは、いくら「仕事」でもやりたくない。そんな仕事は成功するわけがないし、そんな仕事はアルバイトや指示を受けてやる作業で十分である。YouTubeというプラットフォームになんか乗っかって「恥晒してまで」やるべきことではない。

要するに「本当にやりたいこと」ではないから、GoogleのしょぼいAIに惑わされたり、クソコメントに傷ついたりするのだ。

「人生に生きる意味はない」それはつまり、AIに従う意味もないし、幼稚コメントに傷つくいわれもない。人生を生きる意味は自分で作るものだから、自分に真摯に向き合うことが一番大切だ。

「どうせYoutubeなんていつでも辞めてやるもんね」という気持ちを、自分の人生に対してこそ持っているか?「そのかわり、この『意味』だけは譲らないもんね」という「楽しみ」や「喜び」や幸せの種を持っているかということが、自己表現という「人前に出て」やる仕事にとって、最も大切な「意味」なのである。

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