じょじょ日記

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人生論

幸せについて

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人生の意味について

人生とは、生きる意味がないものである。これは私が一貫して主張してきた思想である。しかし、私も若いころからこのような「虚無主義(ニヒリズム)」的な考え方をしていたわけではない。人生は「正しく」生きようと努力をすれば報われるし、自分の人生も捨てたもんじゃない、なんなら、人生楽勝、くらいに考えていたのである。

ところが、この中高年と言われる年齢に達して、リストラに遭ったわけである。正式なリストラではなく、「いびりだし」の方である。つまり自分から「言わされる」方のリストラである。最悪の方である。

まさか自分がそのような目に遭うとは思っていなかった。遭うかもしれないとは思っていたが、どうしても現実味が感じられなかった。しかし、気づいてみれば、どっぷりとその沼の中に浸かっていたのである。

大企業のやり方は実に巧妙である。うまくごまかしながら、気づいたら居場所がなくなるという戦法をとる。私の周りにも私と同じような目に遭っている人間がいるが、本人は「リストラ」されたとは思っていない。会社は、リストラしたい社員にうまく自分から会社を去っていくように仕向けるのである。実際のところ、最後に私がいた職場は、完全に崩壊していた。人間関係は最悪で、もう完全な社畜集団だったのである。

誰でも自分の「信念」が覆ることは精神に良くない。そのことで精神を病み、立ち直れなくなる人もいることは確かだ。

しかし、私の場合、うすうす気づきつつあったこと、入社以来「半信半疑」であったことが「全部腑に落ちる」情報を得た時、「目から鱗が落ちる」ことによって、むしろ、目の前が真っ暗闇になるのではなく逆に目を覚ますことができたのである。

私は結局、私が想定していた最悪の扱いを会社から受けたわけだが、多少は、「その可能性もあるな」と覚悟していたし、自分が想定していたまさかの最悪の状況が実際のこの会社の現実であることが分かっただけだったので、これまで自分が信じていた「信念」を新たに解釈し直すことで頭の整理はついた。

まあ、それほどショックを感じることもなく、運命を受け入れることができたのである。そして、私は「人生に生きる意味はない」と悟ることができたわけである。

幸せの意味とは?

これがわかってからは早かった。学校が生徒に教えること、会社が従業員に教育すること、政治が国民に訴えかけること、すべてに「正解」などないのである。

人間も自然の一部であり、ただ生きて消えていくすべての生物と、本質は何も変わらないのである。だから、本当は、生きるのが嫌になれば、自殺したってかまわないのだ。死んだら何も残らないのだから、自分が死んだ後の世界になんか「気を使わなくても」いいのである。

ところが、もし本気で、人生を無意味に思えるなら、その人は最強になれるのである。つまり「どうせ死ぬなら楽しんで生きよう」と思えるのである。なぜなら、本気で人生は生きる意味がないと思えるなら、苦しんでも一生、楽しんでも一生なのだから、楽しんで生きようと思わないはずはないからだ。

それは、人生は苦しみにまみれていて、本当は悔しいので生きているほかの人間に八つ当たりで迷惑をかけて楽しんでやろうとか言う子供っぽいひねくれ根性でではない。そんなことをすれば結局他人から迷惑がられて自分にうっとおしいことが降りかかってくるのでやりたいと思わないのが、本当に人生に生きる意味はないとわかっている人の姿なのである。

結局他人に迷惑をかけることが「楽しい」と思える人間は、人生はきっと生きる意味があって、誰かが教えてくれると思っているから、誰かの気を惹きたがっているだけなのである。

それにそもそも、本気で楽しむとは、自分も含めた自分以外の人も本気で楽しめるようにすることだ。人が苦しんでいるのを見て「楽しい」と思うのは、「まだどこかに安全地帯がある」と思うからこそ、自分はあそこにいなくてよかったと感じる「生き延びるため」の本能に過ぎず、そんなものに従って生きていくことは、「ただ生まれて、ただ消えていく」他の生物たちと同じレベルなのだ。なんの自己制御もなくただ本能に従って生きていく人生は、楽しくもなんともないのだ。

もし本当の意味で「人生に生きる意味がない」ことを知った人間は、まじめ腐って「王道」を歩かなければいけないという強迫観念が無くなるので、むしろすがすがしい気持ちに包まれるはずなのである。青春真っただ中のような純粋な気持ちで、命を投げ出すことができるのである。どうせ死ぬのだから、死ぬことを悔しく思わないのである。どうせ世の中は「正しさ」もなく、苦しいことも多いのであるから、苦しみを恐れないのである。

「正しい」ことがどこかに必ずあると思っているうちは、すべてに「半信半疑」であり、すべてに「疑心暗鬼」にならざるを得ない。しかし、この世には何もないということを、本当の意味で理解した人は、「楽しい」のそこから先を考えない。

これが本気で「人生を楽しむ」ことにつながるのだ。

まずは自分は何をすることが楽しいか、それをしっかりと把握すること。

それ以外のすべてのことは、その人生の期間だけに通用するまやかしで、死んでしまえばなくなるものだ。例えばお金も、地位も、財産も。

もし何も思いつかず、とりあえず「お金」を集めてみるならそれもいい。「お金」なんてまやかしと言うことさえ分かっていれば、「お金」を集める楽しさだけを満喫できる。そしてもし、余ったお金を「寄付」して誰かに喜んでもらえれば、それがまた「楽しみ」に変わることもあるだろう。

とにかく、「今、ここで」楽しいと思えることを心に問うべきだ。そしてそれに向けて生きることが、自分が生きる意味であり、「幸せ」になる唯一の方法なのである。

安全地帯なんてどこにもない。「今、ここで」楽しむことを生きる意味として、具体的に自分の生き方を決めていくこと、そして、人生を楽しむこと。それが「幸せ」なのだ。

-人生論

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