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多様性とは何か?その本質と意味

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多様性の本質とは?

多様性を認めようと言うことが叫ばれて久しい。いろんな価値観を認め合える社会にしていきましょうということだ。そのとっかかりとしてかどうかはわからないが、LGBTの問題がよく取り上げられる。しかし、多様性の本質は、本来LGBTの問題だけに限るものではないだろう。

多様性が認められにくいのは経済において顕著になる。LGBTですら「生産性」と結び付けられて議論されることもあるくらいだ。世の中というのは全体の利益の前には、個別の利益は簡単に無視されるのである。

では、経済においてどのように「多様性」が失われるか考えてみたい。

企業経営においては、最初は商品を知ってもらうために手広くラインナップを充実させ、どんな顧客の要望にも応えることによって「信用」を得ようとする。しかし、一旦信用を勝ち取り、商品が成熟し、売り上げの伸びも落ち着いてくると、今度は商品のラインナップを見直し、商品ごとの収益性を高める経営にシフトチェンジする。

会社が成熟すればするほど、企業は効率化を推進し、利益の最大化に向かうものである。この過程において、企業が社会に提供する価値観は同一化、単一化の方向に向かうのである。商品は少なければ少ないほど、効率的に生産販売できるからである。

具体的には赤字商品の生産販売中止などが決定されるのであるが、これはある面、企業による「多様性」の否定と言えるのである。赤字商品と言うのはある少数の消費者にとっては「割安」感のあるいい商品なのだが、企業側から、今後はこの種の商品を購入したければもっとお金を払いなさい(割安感の低い商品を購入しなさい)と強いられることになると言える。※商売についての記事はこちら

このようにして、マイノリティは長期的には大企業(社会)からは歓迎されなくなっていくのである。

このような理屈が経済においては働いてしまうので、「多様性」社会は本来実現しにくい性質を持っているのである。

多様性の利点、多様性を認める意味

しかし、そうはいっても社会にはそのようなマイノリティが存在することは確かで、その「需要」も確実に存在するわけであるから、その需要をみたす「商売」は成立するはずなのである。

そこで、大企業が相手にできない顧客はベンチャー企業(中小企業)が相手にするようになる。大企業が成熟期を迎えると、ベンチャー企業の出番になるのである。

ただし、もちろん、中小企業は大企業の真似はできない。具体的には、例えば、赤字商品を大企業の工場で生産している場合、まったく同じ商品を同じように中小企業の工場で作ることはできないのである。なぜなら、そもそもこのような赤字商品を大企業が生産中止するわけは、当たり前だが、儲からないからであり、そのことは中小企業にとっても変わらないからである。

しかし、もっと安い素材で、大企業よりも小さな設備、少ない人数で作ることができないか?そして大企業の作る商品の価格と同等かもしくは安い価格で利益が出るようにならないか?この課題を解決する方法が見つかれば中小企業がこのマイノリティの「需要」を独占できるのである。

最近のベンチャービジネスは、かつて大企業があきらめた商品を再度デザインし直して製作販売するものも増えてきている。今の人にとっては目新しいものであっても、昔似たようなものがあって、その変形で新たな商売が生まれているというようなものも散見されるのである。

最近はやっている三輪バイクは昔三輪トラックという乗り物があったし、「ゴーストレストラン」という店舗経営も「カフェバー」(昼間はカフェ、夜はバー)の応用と言えるし、UberEatsという商売も、「赤帽」という個人経営の運送会社の亜流である。もちろん、その形態はそれぞれ今風にアレンジされ全く新しい商売のように見えるが、昔の商売の形態の中に、その萌芽は見てとれるのである。

なかなか、全く新しい商品、商売と言うのは生まれにくい。絶滅した商品、商売、あるいは既存ではあるが、光が当たっていない商品、商売の中に、新たな時代に求められる商品、商売の形態はあるといえるのかもしれない。

社会(株主、投資家)が、大企業に対して大きな利益を計上することを求め、また大企業もそのような要望に応えることのみを「使命」とするのであれば、このようなマイノリティの相手をするのは経済的マイノリティ、すなわちベンチャー企業(中小企業)ということにならざるを得ないのである。

話を元に戻すと、やみくもに効率だけを求める社会と言うのは価値のコモディティ化を促進し、価値の同一化による選択肢の減少を生み、社会生活を無味乾燥なものにしていくのである。

翻って、効率化の推進によって切り棄てられた、あるいは忘れ去られた存在に目を向け、その価値を認め、またその能力を発揮する方法や場所を検討し、構築提供することによって、画一化による情趣のない世界を回避することができると思うのである。

このように多様性を認める社会とは、多様性に満ちた絢爛豪華な世界を招来することであり、より豊かな人類の幸せを実現できると思うのである。

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