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労働とは何か?

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労働とは何か?

これまで30数年、会社に勤めてきた私が考える労働とは、自分の力の商品化のことであるという結論に達している。

人類は地球上に貨幣という概念を生み出し、今やほぼどの国でも貨幣を使って生活している。もはや、人類は生きていくうえでお金は必要不可欠のものとなっているのである。(※お金についての記事はこちら。)

ではそのお金をどのようにして手に入れているのかと言うと、ほぼすべての「労働者」と言われる人は、自分の知力、体力、魅力、芸術力、創造力、統率力、決断力、包容力等の人間力と交換にお金を得ているのである。

要するに、ある意味自分の中に培った「能力」を売ってお金を得るという商売をしているといっていい。ただ、本物の商売と決定的に違う点は、「お客様が固定的」ということである。この場合労働者(サラリーマン)にとっての「お客様」とは「上司」や「同僚」のことになる。

実際の「お客様」と企業内の「お客様」の違い

実際のお客様というと毎日入れ替わるし、固定客は全体の半分以下で、それ以外は新規顧客と言う割合でないとほとんどのお店はやがてつぶれるだろう。「一見さんお断り」の料理店や「会員制」のクラブなども、毎日同じお客さんではないし、そもそも客単価がめちゃくちゃ高い。それに加えて、お客が新規顧客を連れてくるので、やはり100%固定客などという商売はよほどの特殊な高額商品でなければあり得ないのである。

それに対して、一般的なサラリーマンの場合、上司や同僚が毎日変わるなどと言う職場はまず存在しない。少なくとも2~3年は同じメンツである。

このような環境下で労働者(サラリーマン)は、自分の商品であるところの「能力」を磨こうとするか?答えは「否」である。お客様が変わらない以上、一旦お客様の「好み」を把握したら、そこだけを強調、維持して会社に勤めれば、大きく会社で評価を落とすことはないのである。自分の「能力」に磨きをかけることなど、仕組み的にほとんど無駄になる可能性が高いのである。

日本のサラリーマンが成長しない仕組み

最近の日本経済の停滞の原因を「終身雇用」「年功序列」に求める向きもあるが、確かにその側面も無視できないが、私は、根本の原因は、「労働市場の硬直化」「会社員の滞留化」によるところが大きいと思う。

そもそも日本経済が発展してきた理由は、大量消費、大量生産の社会において、機械化、自動化がまだ未発達の状態の中で、労働力(人間の力:特に体力)が企業にとって重要な経営要素であったときに、従業員を囲い込んできたことにあると思う。

それまではおそらく、今の諸外国のように、日本でも「仕事」を「一生もの」のように考えるのではなく、ある意味健全に、高い賃金、高い処遇を求めて「転職」は行われ、労働市場は流動化、活性化していたのだと思う。一方で企業の方もできの悪い社員は簡単にクビにして、ある意味健全な労働力の運用ができていたのだと思う。

しかし、「せっかく教えた」社員も高給を求めて「転職」してしまわれては意味がない。そこで、経営者側は「終身雇用」と「年功序列(簡単にはクビにしないよというアピールだったのだと思う)」という制度を打ち立てて、従業員に機嫌よく働いてもらうことを提案したのだろう。そして、なんと当時の日本の労働者(サラリーマン)はそれを受け入れたのである。

この当時、サラリーマンに要求された「能力」は体力だけなのである。それが証拠に、「サラリーマンは体が資本」と言われ、「モーレツ社員」という言葉が流行し、「24時間戦えますか」という滋養飲料の広告がもてはやされ、日本企業は「根性」と「執念」の体育会系集団へと変貌していったのである。

四季の変化が激しく、天災の多い日本という国において、生きていくことは「不安」だらけなので、どうしても「安定」「保障」をもとめる国民性が育ちやすい国だったのかもしれない。

そして、地球上のすべての物質がそうであるように、ただそこに転がして放置しておけば、やがて朽ち果てる。会社の制度や会社自体もそうである。例外なく、腐敗し、風化してゆくのである。

そして、この日本人の肌に合う仕組みは長い間日本企業に染み付き、世界の需要をほぼ満たすという大量生産の終焉を迎える現代まで、誰も見直そうとしなかったのである。その間、この制度は疲弊し、劣化し、企業の中で「憲法違反」に該当するような施策も行われていたが、法律も会社を「法人」として「家族」のような扱いをしていたので、その実態に長い間踏み込むことはなく、その「体質」はセクハラ・パワハラ大国という汚名の元、たくさんの優秀な人材の過労死(この言葉はそのまま「Karoshi」という英語になっている)を生んでいる。今でこそ社会問題になっているが、昔、人知れず消えていった命も少なくはないはずである。

「安定」「保障」の代償とは?

経済学では賃金は「労働の供給量」と「労働の需要量」の均衡点で決まるという法則を教える。要はサラリーマンの年収は、「働きたい人」と「働いてほしい会社」のバランスで決まるということだ。おそらく日本のサラリーマンの体感として、この法則がきれいに成り立っていると思える人はまずいないだろう。

「安定」「保障」を好み、大企業に安住してきたサラリーマンは、その硬直した労働市場がゆえに、経済学でいう「需給バランスの法則」を破綻させ、いったん入った会社を辞めることはないので、賃金は極めていびつになったのである。

このことは、企業に蓄えられている「内部留保」が従業員の生活に使われることはなく、構造改革すなわちリストラ原資に活用されていることで分かる。

「安心」「保障」を好む国民性は経営者も労働者もなく、とにかく貯め込み、そして破滅的に使うのだ。内部留保をうまく活用して復活した企業など、日本にはほとんどない。「もう無理だ」と言う時になって、やっと「これあげるから会社辞めて」と言うのである。

このように、特に日本人労働者の実質賃金が先進国の中でも決して高いという実感が持てない理由は、労働市場の硬直化にあるのである。

もしも本来の経済学でいう「需給バランスの法則」を十分に機能させるだけの流動性が日本の労働市場にあれば、日本の企業はもっと労働者のスキルの正当な評価やスキルアップを促す施策を行ってきたはずだし、労働者間の能力の伸展についての健全な競争も激化し、もっと合理的な「実力主義」が実現していたに違いない。

人生における「労働」の意味とは?

社会は同質でなくともよい。個性を殺して享受できる平等性など、何の意味もない。格差はあって当たり前なのである。なぜなら、努力(苦痛だけのものではない)の度合いや、思考の深さによって、人生の成果物は人によってさまざまであるのが正しい。

お金持ちになるのが人生の意味であってもいいし、ただ好きな音楽に浸って生きていけることが人生の意味でもいい。もしくは、大切な家族と大きな不幸に巻き込まれることなく生きていくのが人生の意味であってもいい。

それぞれの人生の意味を、それぞれが認め合える社会づくりが、これから求められる社会なのであろう。

つまり、人が人生でする仕事は必ずしも一つである必要はない。副業、転職、起業、何でも自由だ。仕事そのものが人生の意味ではなく、仕事によって得られるものが、そして仕事によって得られる「成長」こそが人生の意味であるのである。

従って、経営者と労働者に尊卑貴賤はない。経営者にふさわしくない人間は労働者によって拒否されるべきだし、経営にふさわしくない従業員は、経営者によって拒否されてもやむを得ない。「安定」のために絶対的服従を強いられるよりはよほどましだと思う。

日本人は学校教育から変える必要があると思う。「仕事」をするために生まれてきたのではない。将来何になりたいかではなく、将来何がしたいか、どんな人間になりたいかを子供に聞くような、子供がそれに向けて健全な努力ができるような、そんな意味のある社会にしていかねばならないと思うのである。

私は、労働とは、人生の目的そのものではなく、人生おける成長ための一手段でなければならないと思うのである。

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