じょじょ日記

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人生論

諸行無常ということについて

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日本経済がつまらなくなったわけとは?

諸行無常とは、この世の万物は常に変化して、ほんのしばらくもとどまるものはないこと。人生の無常をいう仏教の根本的な考え。(By goo辞書)である。他に古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスも「万物は流転する」と、同様の意味のことを述べている。どうやら、世の中というのはどこの世界でも変化して当たり前のようである。

ところが一方で、日本経済は「空白の30年」と言われるように、昭和の末期から平成を経て、現在までほとんど大きな経済的成長はない。目を見張るようなイノベーションは全く起きていないのである。

大航海時代などというダイナミックな歴史を持たない小さな島国で鎖国を長い間やっていたような日本国民に「イノベーション」などという概念を求める方が間違っているのだろうか?台風も地震も多く自然に対する脅威が半端ないので人間社会で余計なリスクを負いたくないのか?とにかく、日本国民というのは変化を起こすのが苦手な国民だと思う。

おそらく日本人は、他の外国人に比べて「変化を好まず、同じ生活をできるだけ長く続けたい」という遺伝子が強く息づいているに違いない。遺伝子レベルの仮説として、おそらく「現状維持」を好む性質は生き延びる可能性は高いと思う。なぜなら冒険しないので、大きな安全もないが、大きな危険もなく、そこそこ快適な住処を見つければ、じっとその場に住み続けることによって、子孫は反映するに違いない。

ところが諸行無常の道理がある日突然発動し、予想できなかった天変地異が発生すると、たぶん「現状維持」の性質はそこから動こうとせず、自然の災厄に飲み込まれて消えていくしかすべがなかったに違いない。

一方で、「現状否定」の性質はその被災地から逃げるのも早く、あるいは、そもそも天災が襲ってくる前に移住を完了していたので、罹災せず生き延びたかもしれない。

こうして、日本人の遺伝子には、大半を占める「現状維持」の性質と、ある一定数の「現状否定」の性質が混在しているのかもしれない。

そして今、この「現状維持」の性質は「諸行無常」の変化の激しい世の中にあって、「逃げ場」を失い、結局どうすればいいかわからず、心身を傷つけながら生きている。一方で、「現状否定」の性質も「諸行無常」の変化の波を、どう乗りきればいいのかわからず、試行錯誤している。

今の日本はこんな感じなのだろうか?日本を元気にするイノベーションは「現状維持」の性質からは生まれない、ただ、だからといって「現状否定」だけでも、必ずしも成功しない。だからいつまでたってもアメリカのGAFAのような産業は日本では興らないのだと思う。

織田信長の精神はどこに行ったのか?

日本で大きな変化を起こした「織田信長」は幼少のころから「変わり者」といわれていた。バカにされ見下され、当時の人たちは、まさかこのバカ者が天下を取るなんて思ってもみなかったであろう。

おそらく自分でも「自分は『普通』ではない」という自覚があったであろうと思う。そうでなければ、本当に周りが普通の人ばかりに囲まれて「自分は『普通』ではない」という劣等感に苛まれていたら、当時のように自分が生きることで精いっぱいの世の中であれば、きっと発狂して若死にしていただろうと思う。

彼は「自分は『普通』ではない」と自覚していたからこそ、誰に何を言われようが、新しいこと、自分が「正しい」と思えることを勇気をもって推進できたのだと思う。

もちろん彼のやったことはすべてもろ手を挙げて賛成することはできない。あまりにもドラスティックに世の中を変えたので、彼に味方するものは多くもいなかったであろうし、だからこそ、彼の独断による誤解、または錯誤をただすものがいなかったがための行き過ぎた改革もあったと思う。

しかし、彼の後に続く秀吉、家康の平和の時代の基礎を築いたことは間違いがない。彼こそがそれまでの戦乱の日本に様々なイノベーションを起こし、新たな発展の礎となったのである。

そういう意味で、もう今後の日本に「織田信長」は出てこないのだろうか?

私はそのうち必ず日本人にも世界を変えるような人物が現れると思っている。なぜなら、日本人に「織田信長」のような「現状否定」の遺伝子も少数派ながら脈々と息づいていると思うからだ。

だからこそ、今日本には生きづらさを抱えながら生きている若者が増えてきているのだと思う。「普通」ではない若者が、「普通」でないことを嘆くのではなく、「普通」ではないからこそ気づける様々なアイデアをこの日本で実行してくれるようになれば、その奇跡は必ず起こると信じている。

大切なことは、「自分は『普通』ではないことを自覚」することだと思う。その「勇気」さえ持てば、まじめな日本人のことだから、思う存分力を発揮し、すべてを改革して必ず結果を出せると思うのだ。

「普通」ではないことは必ずしも悪いことであるとは言えない。まずは自分の「正しさ」を信じて行動する人間が増えることだ。そうなって初めて、日本が世界のリーダーになれる可能性が出てくるのだと思う。

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